エンタメ

きゅるしての可愛さはブリトーだった|可愛い顔の“密度”について語る話

きっかけは、とあるアイドル動画

「可愛い顔って、結局なんなんだろう」——そんなことを、私はわりと日常的にぼんやり考えています。人類みんな目と鼻と口がついているのに、なぜか「わっ」と惹きつけられる顔と、そうでもない顔がある。その差はどこから来ているんだろう、と。

そんなある日、私はとあるアイドルグループのライブ動画をたまたま見ていました。そして画面を眺めながら、口をついて出た感想がこれです。

「これはもう、ブリトーだ」

自分でも何を言っているんだろうと思ったけれど、不思議なくらい腑に落ちてしまった。私の中でずっと言語化できずにいた「可愛い顔」の正体が、ブリトーという一語でピタッとはまった瞬間でした。

というわけで今日は、その発見を「可愛い顔=ブリトー説」として、真面目に(でもゆるく)まとめてみたいと思います。


私の中の「可愛い顔=ブリトー説」

ブリトーという食べ物を思い浮かべてみてください。

薄い生地の中に、お肉やチーズ、豆、野菜、ソース——ありとあらゆる具材がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。余白なんてほとんどない。どこをかじっても、必ず何かしらの味が濃く主張してくる。あの「味の逃げ場のなさ」こそがブリトーの魅力です。

この感覚が、ある種の可愛い顔にそのまま当てはまる気がしたのです。

そこでこの記事では、こう呼ばせてください。

「小さい顔の中に、可愛いがぎゅうぎゅうに詰まっている状態の顔立ち」を、ブリトー顔と呼びます。


ブリトー顔の3つの特徴

1. 高密度な可愛さ

まず第一に、顔の余白が少ない。顔全体に「可愛い情報」がぎゅうぎゅうに詰まっていて、どこを眺めても何かしら可愛いポイントが目に入ってきます。スキがない、というより、スキという概念がそもそも存在しない感じ。可愛いの含有率が異様に高いのです。

2. 視覚的な“濃さ”

二つ目は、とにかく濃い。一瞬で「可愛い!」が目に飛び込んできて、しかも見れば見るほどクセになる。顔面の情報量そのものが多いタイプで、あっさり系の対極にあります。一度気づくと、もう薄味には戻れない。中毒性があるのです。

そしてこの中毒性が成立しているのは、ステージと客席のあいだにある「どこまで行っても触れられない距離」があるからだと私は思っています。近づけないからこそ、目で追い続けてしまう。手が届かないからこそ、可愛いが純度を保ったまま届く。その距離感にこそ、アイドルのすばらしさと儚さがあると感じます。

そう、まさに五条悟です。無下限呪術が「触れられそうで絶対に触れない」距離を生み出すように、ステージという装置が、アイドルの可愛いを最強の状態に保っている。ブリトー顔の濃さは、あの距離感の向こう側にあるからこそ、ずっと見ていられるのかもしれません。

3. ちょっと二次元っぽい

三つ目は、現実の黄金比をちょっとオーバーしてくる感じ。サンリオキャラやアニメのデフォルメキャラって、なぜあんなに可愛く感じるんだろう、と思うことがありますよね。あの「少し盛られた可愛さ」が、生身の人間で起きているような状態。

しかもおもしろいのが、メイクやその日のコンセプトによって、同じ人でも全然違う味に化けること。今日はサルサ強め、今日はチーズ多め、みたいに、具材の配合で味がガラりと変わる。まさにブリトーです。

※ハラペーニョは引くほど足せ


なぜ「ブリトー」なのか

他にも詰め込み系の食べ物はあるのに、なぜブリトーなのか。

ブリトーは、生地という一枚のフレームの中に、すべての具材が強制的に同居させられている食べ物です。余白がない代わりに、どこをかじっても味が濃い。半分に切れば、その断面には全具材が顔をのぞかせる。

ブリトー顔もまさにそれで、顔の中に可愛いがぎゅうぎゅうに凝縮されていて、視線の逃げ場がないくらい可愛いが詰まっている。目をそらそうとしても、次に見たところにまた可愛いが待っている。そういう濃度のビジュアルを指す言葉として、ブリトーほどしっくりくる比喩は、私の中ではありませんでした。


塩顔との違いをざっくり言ってみる

一応言っておきたいのですが、これは「塩顔ディスり」では絶対にありません。

そもそも、塩顔を対極のたとえとして出したのが適切かどうかも分かりません。ただ、塩顔には、ある程度の余白を私は感じます。情報量が少なく、すっきりしている。静かにじわっとくるタイプの可愛さ・かっこよさで、日常的に見ても疲れない安心感がある。

一方のブリトー顔は、余白が少なく、可愛い情報が多くて、ぱっと目を引く。一瞬で華やかに感じやすい。

例えるなら、ラーメンと具だくさんブリトーくらいの違いです。コスメでいうなら、NARSとJILLくらい良さの方向が違う。どっちが偉いとかじゃなくて、そもそもジャンルが違う。気分によって食べたいものが変わるだけの話で、どっちも美味しい。どっちも綺麗。ただそれだけのことなのです。

※ちなみに私は、NARSが似合う人を目指しています。ラーメン二郎が塩顔というには適していないことくらい重々承知しています。


きゅるりんってしてみてを見て思ったこと

さて、冒頭で触れた「きっかけの動画」の話に戻ります。私がブリトー説を思いついたのは、きゅるりんってしてみて——島村嬉唄・環やね・チバゆな・逃げ水あむの4人組アイドル——のライブ映像を見ていたときでした。

この動画を見ようと思ったきっかけは、TikTokの切り抜き。生歌の比率が高いらしいと知って、「ちょっと聴きに行くか」とフラっと再生したのです。

このグループ、ネットで「顔面が強いグループ」として話題になったことがあるくらい、とにかく顔面の情報量がすごい。私も最初は歌を見ようと思って再生したのに……唄嬉ではありません、歌です。気づいたら顔面に全部持っていかれていました。でも唄嬉ちゃんヤバいじゃん。ぎっちぎちやん。CDより顔小さいんじゃん?

まず、メンバー全員とにかく顔が小さい。そのうえで、その小さい顔の中に可愛いがぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、なんというか、処理が追いつかない。「小顔で可愛い」という既存の言葉では全然足りなくて、頭の中に浮かんだのが「顔面ブリトーだ……」という一言だったわけです。もしかしたらセブンにいたからかもしれません。

失礼な例えに聞こえるかもしれませんが、私の中ではこれ以上ない賛辞です。既存の語彙が追いつかないから、新しい比喩を持ち出すしかなかった。それくらい衝撃的だった、ということです。このようなことを言ってはいけない雰囲気がある中であえて言いましょう。私はこのグループ全員の顔が好きです。

※やねちゃん推し、スペスペが好きです。


自分や推しはブリトー顔?ゆるいチェックリスト

というわけで、ここからはお楽しみコーナー。自分や推しがブリトー顔かどうか、ゆるくチェックしてみましょう。深く考えないでください。勢いです。勢い。

いくつか当てはまった人は、もしかしたらちょっとブリトー寄りかもしれません。当てはまらなくても全然OK。塩顔は塩顔で最高なので、そこは胸を張ってください。


メイクでちょっと寄せてみる話

ちなみに、「ブリトー顔じゃないとダメ」みたいな話では断じてないのですが、寄せてみるのはアリだと思います。

要は「可愛い情報量をちょっと増やす」方向のメイクです。まつ毛をしっかり立ち上げるとか、リップで華やかなポイントを作るとか、そういう小さな足し算。顔面の具材を一品追加するイメージで、気軽に試してみるのが楽しいと思います。日によって配合を変えて、自分で自分の顔をブリトーしていく感覚。けっこう楽しいですよ。ちなみに今季はチークでがっつり染めるのがトレンドらしいです。


まとめ:顔をジャッジするんじゃなくて、面白がるための概念です

最後に、大事なことをもう一度書いておきます。

ブリトー顔というのは、誰かの顔をジャッジしたり、優劣をつけたりするためのラベルではまったくありません。自分や推しの顔を、ちょっと変な比喩で面白がって眺めるための、あくまで遊びの考え方です。

よく「食べたくなっちゃうくらいかわいい」という言い方をしますよね。ブリトー顔は、あの感覚の極端バージョンだと私は思っています。小さな顔の中に可愛いがぎゅうぎゅうに詰まっていて、見ているだけでちょっとお腹がすきそうになるような顔。「食べたくなっちゃうくらいかわいい」という昔ながらの言葉に、ようやく公式設定が追いついた——そんな概念です。

推しの画像をスクロールするとき、「今日もブリトーしてるな」と遊び半分で眺めてみてください。いつもの顔面鑑賞の時間が、ほんの少しだけ楽しくなるかもしれません。

電源は落とさずそのままで、自分の顔に絶望しないために。

ではまた、次。